方言

方言

清水健太郎主演の「真雀鬼」を借りて見ていました。

Vol5の新宿麻雀決戦。

つけっぱなしで他の作業をしながらの「ながら見」だったのですが、耳に飛び込んだ博多弁があまりに板についていて、思わず目を向けました。

方言というのは他地方の人にはそれらしく聞こえても、土地の人間からしたら「う???ん、近いけど違うなぁ」と、痒い場所をかするような気持ちが悪い感じがするものです。

それが全くその違和感がない。

しかも「炭鉱の町から来た」という設定だったのですが、その「炭鉱の町」特有のアクセントというかイントネーションを、ほんとに上手く出していたのです。

アドリブの部分も多かったのではないでしょうか。

「ああ、同じ言うのでもこういう言い回しをする」それすらもとても忠実に表現していました。

「この人、誰だろう。」

ほかのドラマや映画でも見たことがある。。。。

個性的な役柄をする人ですが、標準語の役しか見たことはありません。

この人、博多の出身なのかしら。。。と、すぐに調べてみました。

「松重豊さん」これが名前。

福岡市内の生まれと書いてありました。

年齢としては、まだまだコテッとした方言を使っていた時代の人です。

「ああ、それ。。。」と、納得しました。

今は方言指導も発達しましたから、昔のようにとんでもない方言が、劇中で流されるということも少なくなったようには思います。

アタックナンバーワンで、福岡中の垣之内良子が使う「何々たい!」の「たいたい」連発する博多弁には閉口しましたし、巨人の星左門豊作の「ですたいですたい」の熊本弁にも閉口していました。

あの頃のような甚だしい方言も、劇中なくなってきましたが、どうしても関東の人が話すと、あっさりしすぎているというか、イントネーションもアクセントもバッチリなのだけど、発声の仕方が違う、オシイ!ということはあります。

これまでも忠実だと、松重豊さんのセリフを聞いたときのように、思わず「だれ?いまのだれ?」と見てしまいます。

そして、「ああ、ご出身なのね、なるほど」と。

「ここまでの博多弁は、久しぶり聞いたわ。」

石川啄木の「ふるさとの 訛なつかし停車場の 人ごみの中に そを聴きにいく」

この歌の気持ちが、理解できるようになりました。

同じ博多でも九州でも、時代と共に方言とて少しずつ変わってきています。

昔のままの方言を耳にすると、とても懐かしく、その頃の情景が目に浮かんでくるのです。

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上野について

今日のゆうゆう散歩は上野です。

しばらく街を散歩した後、公園に向かいました、加山さん。

神社があるとは知らなかったです。

確かお寺はあるのを知ってましたが。

花園稲荷神社というらしい。

今度行ってみたいなぁ。

新鶯亭(しんうぐいすてい)という甘味処に寄ってました。

知らなかった!

今度行ってみよう。

Googleマップで検索すれば出てくるかな。

桜の季節はきれいなんですよね、上野恩賜公園は。

懐かしいです。

もう何度も行きました。

桜の時期は道の回りにビニールシートがひいてあって、大宴会場と化します。

桜の頃は異常ですよね、どこも。

日本人は祭り好きですね。

前に住んでたとこは近所に公園があって、桜の頃になると夜遅くまで騒いでる人たちがいました。

静かなのでけっこう騒ぎが目立ちます。

でも桜の頃、1、2日って感じですぐにいなくなるんですよね。

桜の咲く時期は寒いので、外にいると凍えるってのも原因かもしれません。

上野は観光名所がたくさんあって選り取り見取りですね。

私はよく美術館に行ってます。

近代美術館と博物館、西洋美術館、東京都美術館などなど行ったところは数知れず。

二科展とかも上野の美術館でやってますね。

あとはパンダ!

上野の動物公園にはパンダがいます。

惜しくも子どもは死んでしまいましたが、親パンダは健在です。

上野ではパンダ柄の肉まんを売ってます。

なかなか美味しいです。

見た目が可愛いので写真に撮りたくなります。

食べるのが惜しいです。

いま上野ではツタンカーメン展をやってます。

来月の頭に行きます。

ツタンカーメンの黄金のマスクは有名で何回も見ました。

子どもの頃から美術館はよく行っていたので、上野でも何回もやってると思います。

ミイラとかよく美術館に出ますが、見ててあまりいい気持ちはしないですね。

うちの母も嫌ってます。

身体に防腐処理をしたものを見るっていうのが、イマイチな感じです。

まぁ、死体ですからね。

遺体というか…。

死体は焼いた方が良いですね。

ミイラにするというのがあまり好きじゃないです。

日本にも生き仏のミイラがありますが、見てていい気持ちにはなりませんでした。

新潟で昔見たことがあります。

暗いお堂だったのであまり見えず、かといってマジマジと見るのも悪い気がしてよく見ませんでした。

信仰の対象となっているのも不思議な感じがしたのを覚えています。